2014年11月14日金曜日

正義の味方は あてにならない


「ボクのお父さんは、トランプマンなんだ!」 そう友達に話していた


昔ながらのカミナリ親父を 遥かに通り過ぎ 

物理的な暴力や ただひたすらに人格を否定する発言 

生活や行動の制限があまりに極端で

それをいわゆる 虐待であったことに気がついたのは 

その家を飛び出してからだった



あの頃は 自分にとってそれが正しいか 正しくないか という判断より

ただひたすら それに従うこと 自分を守ることで 精一杯だった


そんな生き方を幼い頃から 疑問や違和を ずっとずっと感じていたけれど


それを学校の先生や友達に 気づかれることが怖くて

ずっとふざけた人を演じて 過ごしてきた



人間の心理とは 悲しくも情けないもので

その状況下で それが本当に正しいのか 正しくないかというよりも

その場所で一番 声が大きかった人が 正しさを持っているような気にがして

それに従ってしまう  

自分に正しさを持ちすぎることも怖いこと だが

大きな声に惑わされて 自分を見失うことが 一番怖いことである


大きい声を出す人には 惑わされず 己自身も 大きな声出すのをやめよう


そう思ったのは あの家を飛び出してから 数年後のことだった






ふふふ ふーふっふーはっふーん  

ふぉーん♩ 

ふふふ はーふっはっふーん  

ふぉーん♩



「ディレンマさえ 聴いてりゃ 女なんて イチコロだから!」


バイト先の ヒデオ先輩は ネリーのアルバムをかけて


ボクを 車に無理矢理に乗せ 有名ナンパスポットを ただ徐行で走行し


「マビぃ女が いねぇじゃねぇか」と キレて帰るのは バイトのあとの お約束だった


ボクも 友達がいなかったので なんとく いつも付き合っていた



バイト中に ボクが店長に怒られるときも 店長に 噛みつき 

「てめぇが えらそうに言えることか!」 と ボクを守ってくれた 

最初は それが頼もしくも嬉しかった

だんだんそれがエスカレートして ボクの中の違和感も次第に大きくなっていったが


ヒデオ先輩とボクは だんだんバイト先で 孤立していった


忘年会でさえも ボクらが 呼ばれなかったのも 言うまでもない


新年会にも呼ばれかったことを知ったその日から ヒデオ先輩は バイトに来なくなり


ボクも バイトを辞めざるを得ない空気で いっぱいになった



「急に実家に帰らなくてはいけなくなって」 精一杯のウソで 店長に辞めることを伝えると


店長は 震えながら ボクに尋ねた


「正義とは なにかね?」


ボクはなにも答えられなかったし 店長のこの問いかけが 何年もこびり付いて 離れなかった



ボク自身も正義という言葉を意識して 生きてこなかったし

それが何かと問われると 未だに答えが出ない


法律ですら 正義とは 限らない



結局どんな秘密を守りたかったか わからないまま秘密になった 秘密保護法


集団的自衛権の決定後 秋頃から 改正していくと言われていた 自衛隊法

それが あやふやのまま 迫られる 内閣の解散


本当に 消費税増税だけが 目的なのか


2%の増税で 一番笑った人が 正義の味方なのか

それをまた笑っているヤツが いるはずだ


って なんでこんな話になったんだ?

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