「茹でるのは得意だけど 剥くのは苦手なの」
そういって 彼女は ゆでたまごを殻ごと食べていた
恋とは 盲目なもので ボクは「へぇー」とっていって
その横で 殻を剥きながら ゆでたまごを食べた
いつもオシャレで 常に新しいことを知っている彼女だった
コントレックスも いつも持ち歩いていたけど
一口二口飲んで あとは帰ってから捨てていた
買うのは得意でも 飲むのは苦手だったそうだ
深夜の牛丼ショップで 女性が
「たまごは割ってから 持って来て」
と注文しているのを見てそんなことを思い出していた
しかし その彼女は あの彼女ではなかった
ふとした 瞬間に 蘇る 懐かしい記憶や 匂い 誰かの顔 その頃の自分の事
早朝 まだ寝ぼけたまま 深い深い霧の中 車の運転をしていた
あるところを過ぎると 一気に霧が晴れ そこは畑 畑 畑
収穫を終えて 土がむき出しになった畑がつづく 農道だった
「ハタケ ハタケ ハタケぇぇー!!
……最近元気ないから こっちビンビンにしよっ」
友人の いつかの寝言を 思い出して ボクは ニヤリと笑った
もう 12年も前のことだった
あのときは可笑しくて そのまた隣で寝ていたユージくんと朝まで笑った
あの頃は毎日 本当にくだらないことしかなく
悩みと言えば 恋愛のことぐらいしかなかった
気がつけば 早朝から
なにかに追われるように 必死に車を走らせて
追いつけない何かを 必死に追い続けるようになっていた
友人のくだらない寝言を思い出して
ふと 自分の心のゆとりを取り戻した
この10年なにをしてきたのだろう 昨日は何をしていたのだろう
なにが変わったのだろう なにが成長できただろう 何キロ太っただろう
自分で自分に問いかける 自分が自分に問いかける
得意なものは 何年経っても何一つない
結局ボクなんて そんなもんだ
「本当は たまごの殻を剥いてほしかったの」
あのときの別れの言葉を思い出していた
いくつになっても 恋愛経験が多くても少なくても
女心っていうのは わからない
相変わらず悩みは 恋愛のことくらいしかない
というより 悩みはない
結局ボクなんて そんなもんだ
ただ 今は
今とその先10メートルくらいの 霧の向こうに向って
必死そうな顔をして なんとなく 生きているだけだ
ただ 前に進むことを やめないだけ
時々 後ろを 振り返りながら
そして 今日も眠る
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