ある朝 信号のない 横断歩道
その手前で 一旦停止
小学生が 走って渡って ボクにお辞儀をする
そんなこと ほどんどの大人がしていたことも知らずに
深々を お辞儀をしていた ボクは胸が痛んだ
またある朝 信号のない 横断歩道
その日は PTAの方が 黄色い旗を持って 退屈そうに立っていた
見通しもよく 歩行者も 誰もいないことは
しっかり 確認できていたが
PTAのおかあさんは 慌てて 黄色い旗を振り出した
ボクが 横断歩道を通過すると 同時に
おかあさんは 旗を 大きく振っていた
おかあさんは 虫を祓っていただけのようだったが
ボクの ドライバーとしても何かに 火がついた
すると 対向車線を 走って来たのは
古い型の 白いワゴンR
ドライバーは 太った男性で
フルフェイスのヘルメットを被っていた
鈴木亜久里選手モデル のヘルメットだった
ボクは その男性に 心当たりがあった
小学校の頃 夏が始まる頃に転校生がやってきた
『テルヒコくん』という名前だった
とても太った少年だった
季節労働者のお父さんで いろんな街や山を 転々している家族だった
「変わり者が来た」「あまり関わらないほうがいい」と
小さな街の小さな大人たちの 悪いウワサが
学校に来る前から広まっていて
転校してきたばかりの テルヒコくんは
やって来たその日から 孤立しているように思えた
テルヒコくんは いつも 放課後 教室に残って
独り言を言いながら ノートに 何かを書いていた
クラスの皆 誰も
それに触れなかったし 関わろうとしなかった
ある日の放課後 ボクは 忘れ物を取りに教室へいくと
やっぱり テルヒコくんは 教室でブツブツなにかいいながら
ノートになにか書いていた
ボクは 恐る恐る テルヒコくんに近づくと
ブツブツ言っているのが やっと聞き取れた
「ズッズダンっ!ズッズダンっ!ズッズダンっ!」
聴き覚えのある ドラムラインだった
ボクは 勇気を出して
そのリズムに 合わせて 心当たりのあるメロディを口で奏でた
「トゥトゥレ トゥレトゥレトゥレ トゥトゥレ トゥレトゥレトゥレ」
すると テルヒコくんは 驚いた顔で 振り向き
ボクら 二人で 大きな音で 口で奏でた
「デデン! デデン! デデンン!!!!」
「デデン! デデン! デデンン!!!!」
T-SQUAREの「TRUTH」だった
テルヒコくんは 気持ちよさそうに 電子サックスを
吹いている フリを始めた
ボクも負けじと
左右交互に 脚を 膝を 内にいれるようにステップし
ギターを弾いているフリをした
ボクは その頃 「TRUTH」が フュージョンジャズを 超越した
世界の最先端で 一番カッコいい音楽だと信じていた
ボクはずっと 電子サックスのメロディーの切れ間にある
ギターソロのタイミング 待っていたが
テルヒコくんの サックスは高まるばかり
高音もテンションを 最高潮に達した ところに
先生がやってきて ボクらは一発ずつ ぶん殴られた
下校時刻は とっくに過ぎていた
先生が取り上げた テルヒコくんのノートには
とても上手に 鈴木亜久里選手の似顔絵が描いてあった
小学生が 描いたとは 思えないほどのモノだった
その年の 冬が来る少し前
テルヒコくんが この街を去るときが やってきた
涙もみせずに テルヒコくんは みんなの前でアイサツをしていた
「ありがとう」「たのしかった」「がんばって」
ウソツキだらけの寄せ書き を テルヒコくんは
笑顔で 学級長から受け取っていた
放課後 テルヒコくんに呼び止められた
大きなバッグから 取り出したのは 大きなフルフェイス
鈴木亜久里選手モデルの ヘルメットだった
「サインしてくれよ」 テルヒコくんは そういった
ボクは 快く引き受けた
「ありがとう」
テルヒコくんは 少しだけ涙を浮かべて そう言った
テルヒコくんとは それっきり 会うことも 連絡をとることもなかった
それから 20と数年
テルヒコくんが F-1ドライバーの夢を 諦めていないことを知って
ボクも 少しだけ涙を浮かべた 朝だった
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